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by miki

「三熊野詣」三島由紀夫

「三熊野詣」は三島由紀夫を1965年の短編小説。折口信夫をモデルにしたと思われる、老教授藤宮が、歌の弟子であり住み込みのお手伝いでもある中年女性常子を伴って、熊野三社を訪れる。「人生」の「ドラマ」への強引な転換、あるいは「物語の捏造」の典型のような小説で、いいかにも三島由紀夫らしい。が、三島由紀夫はどうして、このような小説を書いたのだろう・・

これは実に悪意ある小説で、折口信夫に対する痛烈な・容赦ない皮肉に満ち満ちている。古い美しい装丁本を入手して、読み進めるうちに動悸がするくらい動揺した。この小説は、新潮文庫の『殉教』にも収められていて、もうずいぶん昔に読んでいたのがすっかり記憶からは消えていた。その時は大きな印象がなかったのだろう。ただ、折口信夫を知ってから改めて読むと、もうこれは私にとって脳裏に深く刻まれる小説となった。はっきりしていることは、三島由紀夫はこれだけ痛烈に皮肉っていながら、折口信夫を実によく研究しているという事だ。私は、三島の小説のいくつかは、明らかに折口信夫の影響があると睨んでいる。

折口信夫の亡くなったあと、多くの弟子たちによるいろいろな伝記が出たので、そのかなり特異な私生活が明らかになったけど(この時、加藤守雄の暴露本はまだ出ていない)、それにしても、「三熊野詣」に出てくる藤宮教授は実に折口を彷彿とさせる(と思う)。ただ、三島の造形する折口はあまりに醜くみすぼらしい。そもそも、三島由紀夫の小説に登場する学者や教授は、こういう風に揶揄される傾向にあると思う。それにしても、この藤宮先生はいったいどうしたものだろうか。三島由紀夫は、精神分析や民俗学に対する違和感を強く持っていたので、民俗学に対する強い反感がこれを書かせたのだろうか。

舞台は熊野。これも、ある意味すごいことではないか。熊野は死者の国、常世であり他界である。ここに登場する妖怪じみた藤宮教授=折口に、実にふさわしい場所である。しかも、そこへ、過去の「美しい女性への恋」の想い出をからめるという、これまた、恐ろしいまでに皮肉に満ち溢れた展開。三島由紀夫はやはり天才だな。三島の明晰・明朗さと、折口の神秘・暗鬱さはきっと相いれない。それでも三島は、実は、もうひとりの天才である折口に、秘かに対抗心を燃やしていたのではと、勘繰らせるような小説ではある。
「三熊野詣」三島由紀夫_d0083491_09312730.jpg
ちなみに新潮社文庫の『殉教』には、「急停車」という短編も入っていて、これも実に三島由紀夫らしい、彼の本質が現れた作品だと思います。
by miki-r-fujiwara | 2020-12-04 09:40 | 折口信夫 | Trackback | Comments(0)